札幌高等裁判所函館支部 昭和31年(う)162号 判決
一、原判決挙示の証拠を検討するに、その証拠によつては、原判示被害者斉藤光雄、大滝正夫、坂下キワおよび田中弥四郎の四名が、原判示日時場所で、原判示財物を何人かに窃取された事実は、明らかにこれを認めるに足るが、その犯人が被告人であることを直接に明認し得るものがないことは所論のとおりであるが、犯罪事実を認定する証拠は、必ずしも直接証拠によらなくとも間接的な情況証拠であつても経験則にてらして合理的に判断して一定の犯罪事実を推認し得る場合には差し支えなく、殊に窃盗罪などにおいて、或る者が被害時刻からあまり時間がたたない時に、被害場所からそう離れていない場所で贓物を所持していて、その所持者がその物を所持する理由として第三者から譲り受けたとか、処分を依頼されたとか弁解しても、その第三者の介在することが明らかに認められないかぎり、贓物の所持者を、その窃盗犯人と推認することも決して不合理な認定とはいえない(ちなみに、印度証拠法第一一条については、裁判所は、その窃盗の直後盗品を所持するものは、その者が、その品物について、ことの顛未を説明し得ないかぎりその窃盗犯人か又はその情を知りながらこれを受領したものと推定できると解されている。)
しかして本件記録および原審で取り調べた証拠によると、
(一) 原判示第一の事実について
(イ) 被害者凾館市港町一八一番地斉藤光雄方で、その留守中原判示スプリングコート等を窃取されたのは、昭和三一年四月二〇日午後零時頃と推定されるが、その頃隣家に居住していた後藤吉治において斉藤方石炭小屋の陰に隠れた不審の男を認めており、その男の人相は、被告人に酷似していたこと。
(ロ) 被告人が、同市新川町一六番地古物商伊東照子方に赴いて、同人に対して右斉藤方で窃取されたスプリングコート等を、佐々木裕名義の求職登録票(この求職登録票は、佐々木万裕が紛失したものであるが、同票の住所、氏名欄には、当初「佐々木万裕、二四才、宮前町六八番地。」と記載されていたものであるところ、現在「万」の文字が抹消され、「二四才」とある文字が「三四才」と「六八番地」とある文字の前に「一」の文字が挿入され「一六八番地」と各改ざんされており、さらに右既存の文字の上を全部ブリユーブラツクインキでなぞつてあるが、その改さんした文字およびなぞつた文字の筆跡が、被告人の筆跡と同一であるかどうかについて、鑑定人春日馨は、被告人の筆跡と同一である旨鑑定し、同高村巌は、被告人の筆跡と異る旨鑑定したが、その文字の大部分が既存の文字の上をなぞつたものであるため、その識別が極めて困難であることは、右鑑定人らのひとしく認めるところであるので、該鑑定の結果は、いずれが正しいかにわかに断定し難い。)を示し佐々木裕であるといつて売却したのは、同日午後三時頃および同月二二日頃の二回(初めは男物スプリングコート、二度目は女物スプリングコート、ジヤンバー、アノラツク各一点)であつて、斉藤光雄方から伊東照子方までの距離は、時間にして電車等で数十分位であること。
(二) 原判示第二の事実について
被害者凾館市千歳町二三番地大滝正夫方で、同家物干し場に掛けておいた原判示オーバーが盗まれたのは、昭和三一年四月二三日午後一時から同日午後二時頃までの間と推定されるが、被告人が同市中島町二三番地加藤米子質店に赴いて、前記登録票を示し佐々木裕であるといつて右オーバーを入質(質札番号七〇二号)したのは、同日午後三時頃であつて、大滝正夫方から加藤米子方までの距離は、時間にして徒歩で約一〇分位であること。
(三) 原判示第三の事実について
(イ) 被害者凾館市港町一九八番地坂下キワ方で、原判示被害品中(同被害品中衣類等については後に述べる。)同人の夫坂下勝太郎宛の葉書一枚(昭和三一年四月二三日附郵便局の消印)を盗まれたのは、昭和三一年四月二四日午後零時四〇分頃から同日午後一時三〇分頃までの間と推定されるが、その頃勤め先きから昼食をとるため帰宅した坂下キワおよび竹村照江は、坂下方の窓の側に立つていた二五才位の男の姿を認めており、その男の横顔と背丈は被告人に似ていたこと。
(ロ) 被告人が、右葉書を示して前記質店に、坂下勝太郎に頼まれたといつて後記田中弥四郎所有の茶色オーバー一点(質札番号七一七号)を入質したのは、同日午後六時頃であつて、坂下勝太郎方から右質店までの距離は、時間にしてバス等で約二〇分位であること。
(四) 原判示第四の事実について
被害者凾館市千歳町七番地田中弥四郎方で、同判示オーバー、アノラツク各一点を盗まれたのは、昭和三一年四月二二日から同月二四日午前一一時頃までの間と推定されるが、(この点についてはさらに後に述べる。)被告人が右アノラツクを佐々木裕名義で前記質店に入質(質札番号七一六号)したのは、同日午後二時頃であつて、田中弥四郎方から同店までの距離は、徒歩で約一〇分位であること。
が各認められる。
しかるに被告人は、右物品を売却し又は入質したのは、佐々木裕又は坂下勝太郎と名乗る男らの依頼によるものであつて、右物品は、自分が窃取したものではない。また、原判示第二ないし第四記載の日時頃自分は何処に居たか現在記憶はないが、原判示第一の事実については、同日自分は、その止宿先である函館市新川町六番地の一妻章子の父岩井勇蔵方に勇蔵の妻の父の法事があつたため、午前一〇時頃被告人の実姉である同市五稜郭町二一番地川付あさ方に赴き、同家で昼食をすませて岩井方に帰りそのおり同家に来ていた同人の長女土田幸子を同市松風町の叔母方まで見送り帰宅した旨極力弁解しているが、被告人が佐々木裕と名乗る男らから本件贓品の処分を依頼されたいきさつについて、被告人は、当公廷で「原判示第一の犯行当日の二日ほど前、同市音羽町路上で顔見知りの佐々木裕に偶然出合い、顔のきく質屋はないかと尋ねられ、自分は身元を証明するものがなければ駄目だといつたところ、同人は、それでは、証明資料を持つてくるといつて、その日は別れたが、右犯行当日再び同人に同町で偶然出合い、原判示第一記載のスプリングコート等の処分方を頼まれ、その後も四回にわたつてその余の衣類等の処分方を頼まれた。このように同人には昭和三一年四月一八日頃から同月二八日までの間に五回会つているが、その中四月二三日は、同月二〇日に、同月二四日は同月二三日に会つた際予め右処分方の依頼を受け、時間をきめて会うことを約束し、その余の三回は場所は記憶にないが偶然出会つたように思う。」旨供述しているが、そうすれば少なくとも被告人が、佐々木裕らから本件盗品の交付を受けたと考えられる日時は、前記のように、盗品を売却又は入質した日時から考えて、原判示第四の事実を除いては、いずれも同判示犯行の当日でしかも犯行時刻からあまり時間がたたない時であると認める外なく、被告人のいうとおりとすれば、その犯人と推定される佐々木裕らに、被告人が仮に約束によつて会つたとしても、佐々木裕は、本件物品を窃取する以前に、予めその贓品を処分するため、原判示第一の犯行の当日を除いては、順次被告人と会合を約したことになるが、そのような約束をして、その約束の時間までに盗品を持参するということは、本件のような空巣窃盗では特別の事情のないかぎり至難なことであつて、仮に偶然出合つたとすればわずか一〇日余の間に三回も偶然に、しかもその犯行当日出合うということは、けだし稀なことである。また、被告人は、「本件物品を売却し又は入質するに当つては、常に佐々木裕らを伊東照子および加藤米子方門口まで同行した。」旨供述しているが、同証人らは、「被告人はいつもひとりで来たものであつて、同行者があつた様子はなかつた。」旨証言しているところからみても、被告人の右供述には不審の点が多いこと。かつ被告人は原判示第一の犯行当日川付あさ方等に居たかどうかについては、被告人の供述に添う川付あさ、土田幸子および岩井勇蔵の各証言は、時間の関係にくいちがいがあつてたやすく信用できないこと、および被告人のいう佐々木裕、坂下勝太郎と名乗る男が実在することについては、これを認めるに足る資料が少しもないこと、本件贓物を処分する際身分証明のため使用した佐々木裕名義の求職登録票、および坂下勝太郎宛の葉書を被告人が所持していて同年四月三〇日司法警察員に任意提出しており、また本件贓物を入質した質札全部を被告人が伊東照子に売却している等諸般の事情からみれば、本件犯罪に被告人主張のような第三者が介在していたことを認めることはできない。もつとも被告人は、当時既に、相当資産のある岩井勇蔵の養子となりまた勇蔵の子章子と婚姻したことは認められるが、右の事実のみで未だ被告人の主張事実を真実と認める資料とはなし難く、他に被告人の弁解に合理的な真実性を認めるに足る証拠はない。
二、証人坂下キワの証言によれば、原判示第三の被害物件中衣類は、単に同人方六畳の間に風呂敷に包んだまゝ置き去りにしてあつたに過ぎないことが認められることは所論のとおりであるが、同証人の証言によれば、右衣類は、同室の箪笥の中に入れてあつたものを何人かがこれを持ち出して風呂敷に包んだものであることが認められ、窃盗罪は不法領得の意思をもつて他人の支配内にある物を自己の支配に移したとき既遂になるものであつて、必ずしも犯人がこれを自由に処分し得べき安全な場所に持ち去ることを要しないから、右衣類を箪笥の中から持ち出し、これを風呂敷に包んだ以上、その行為は、既に財物を自己の支配に移したものといい得るし、なお同証人の証言によれば、該衣類は、前記葉書と同一機会に箪笥の中から持ち出されたものであることを認めるに足る。したがつて右衣類も前記葉書を窃取した同一犯人がこれを窃取したものと推認し得る。
(裁判長判事 居森義知 判事 磯江秋仲 判事 水野正男)